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2014年7月18日金曜日

無人島キャンプの始まり

山が荒廃すると海も荒廃してしまう。山が豊かなら山から川へ、川から海へと、豊富な有機物が海に流れ、その栄養分が海の生き物を育む。
だから豊かな海を守るなら、豊かな山が必要だ。
ではと、中国山地の絵本牧場ごんぼ 『森の道くさ探検隊』 は、森から海にいこうではないか!

そんなこんなで10年前の夏からは海へ 行こう!無人島へ行こう!サバイバルキャンプをしよう!
という企画が始まった。若葉の芽吹いた2005年の春だった。

本当に無人島に漂流したかのようなキャンプをしたい。包丁のない 食器もない  ガスもない 電気もない・・・その中でどの程度工夫で生きていけるのかやってみたい!
・包丁はなくとも、貝や打製石器で代用できる
・潮の満ち引きを利用して石でヤナを作れば魚は取れる。
・食器なんてなくてもたいらな石の上に並べて食べればよい。
・串なんてなくても、竹に魚を突き刺して焼けばいい。
・歯ブラシなんてなくても、きの繊維で歯ブラシの代用はできる
・鍋なんてなくても、くぼみに海水をいれて熱した石をいれればゆがける。
・2泊3日くらい何も食べなくても死ぬことはないでしょ!
・貝は生でも食べれる。
・湯がけば食べれる海藻だってあるでしょ!

発案してみたものの自分たちにも想像がつかない話。だから最初は大人だけでいくつもりだった。

だけどそこはそうならないのがごんぼ流。


そんな素敵なキャンプに子ども連れて行かない手はない!
軟弱なキャンプじゃなく、不便を体験できること これって今の子どもたちに一番知っててほしいこと!ぜひ子どもたちと一緒にいこう!との提案。

子どもがくるなら無責任なことはできない。潮流の安全そうな無人島をみつけに奔走!!
口コミで広がり、総勢25名で始まった。

本当の意味で生きる力というのは・・・・


子どもたちの生きる力ってなんだろう。

今も問い続けている。







無人島キャンプへの思い

最近こんな話をよく耳にする。
今の子どもには「生きる力」がない。
それは世の中が便利になりすぎたからだ。
今じゃマッチをつけることすらできない子どもが増えている。
包丁を使わない家すらあって、魚が切り身で泳いでると思ってる子もいる。
こんなことじゃあ日本の未来は不安だ、と。

マッチを上手に使って焚火をすること、包丁を上手く使って魚をさばくこと、海水を蒸留して真水を得ること、・・・これって本当に「生きる力」なんだろうか・・・?

この無人島キャンプの冊子の一番最初にはこんなことを書きました。
「このキャンプは何をするかが決まっていません。着いたら、探検に行ってもいいし、ご飯を作ってもいいし、海で遊んでもいいし、何をするかが決まっていません。でもここで気をつけてほしいのは何も決まってないから自分の好きなこと何でもしていいよってコトではありません。

みんながてんでばらばらに、好きなことをしていたら、いつまでたっても、ごはんの準備も家を建てることもできません。どれも一人ではできないことです。それに、もし一人だけでどこかに行ってしまっておぼれたら、誰も助けに来てはくれません。
何をするか、は決まっていませんが、このキャンプはなんでも好きなことしていいのではなくて、何をすべきなのか?をみんなで考え、協力していくキャンプです。」

今の子どもたちは、規則・きまりにがんじがらめだな~って思うことがあります。
その一方で、「自由」にさせると何が起こるかわからないと、大人たちはためらってしまいます。
しかしこれではダメなのです。
知識を与えること、技術を教えてやること、と同じようにじっと見守ることだって同じくらい子どもに必要な栄養分だと思うのです。


自由とは 自分に由る (じぶんによる)ということです。
なんでもできるんじゃなくて、自分でする、ということ 。
こういう「本当の自由」を実感することが子どもには必要だと思うのです。

無限の環境の中に身を置いて、
自分の無限な可能性がどこにあるのか、
今の自分の限界はどこまでなのか。

これを知ってもらって、自分の中に大切な何かがうまれること。
これが無人島キャンプの狙いであり、本当の意味での生きる力だと思うのです。

無人島から帰る子どもたちが、
「あったかい布団の上で寝た~い!」というのも
「また来年も来たい!」または「こんなキャンプもうこりごりだ!」
というのも、全て子どもたちの成長だと思うのです。